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2025年3月

福井県高浜町

アジャイルアプローチによるノーコード内製開発

岡島 幸男

編著者:

アジャイルアプローチによるノーコード内製開発

福井県高浜町は、職員自らでノーコードツールによる業務改善プロジェクトを実施し、業務効率化を達成しました。成功のポイントは、「小さく始め、毎週成果を確認し、ペアで開発を進める」アジャイルなアプローチによる関係者のコミットメント醸成です。本事例では、インセプションデッキの活用など、具体的な工夫ポイントを中心に説明します。

■関連フレームワーク

■背景・問題


  • 慢性的な人手不足や業務の属人化により、業務効率化が課題

  • 新技術導入も職員が使いこなせない、ベンダーロックイン等の課題もあった



■起こした変革


  • 職員自らノーコードツールで業務改善プロジェクトを実施し、業務効率化を達成

  • アジャイルなアプローチで関係者のコミットメントを醸成



■生み出した価値


  • 職員のITリテラシー向上:研修やワークショップによりITスキルが向上

  • 業務効率化:空調設備点検アプリで作業時間を削減



■変革のストーリー


  1. 職員リテラシー向上:ノーコード研修、BPMNワークショップ、小規模プロジェクト試験実施(令和4年度・5年度)

  2. 実業務への適用:建設整備課の施設管理業務効率化プロジェクト開始(令和6年度)

  3. 成果と次ステップ:空調設備点検アプリによる業務効率化の実現、今後は対象業務拡大とノウハウ展開を予定



 


アジャイルアプローチによるノーコード内製開発(福井県高浜町)


福井県DX推進アドバイザー 岡島 幸男


1. 背景


福井県高浜町でのDX推進の経緯

 

高浜町では、慢性的な人手不足による業務の集中や業務の属人化が発生し、デジタルの活用による業務効率化が求められてきました。しかしながら、新しい技術を導入しても職員が使いこなせなかったり、導入したシステムへのベンダーロックインなどの課題がありました。

 

これらの課題を解決するため、高浜町では令和4年度より職員に対する教育や支援を通じたDX推進に取り組んでおり、令和6年度には、実際に職員自らによるノーコードツールによる業務効率化プロジェクトが実施されました。


職員リテラシーの向上(初年度および二年目の取り組み)


DX支援の初年度および二年目では、自治体職員のITリテラシー向上を目的とし、ノーコード開発ツールの導入研修やBPMN(Business Process Model and Notation)を活用した業務プロセスの可視化ワークショップを実施しました。年度ごとにメンバーの一部入れ替えを行い、のべ20名が参加しています。


  • ノーコードツールの導入研修の実施


職員が自ら業務アプリを作成できる環境を整えるため、ノーコードツール(kintone)の基礎講習を実施しました。実際に簡単なアプリを作成するワークショップを通じて、ツールの活用方法を体験できる機会を提供しました。


  • 業務プロセス可視化ワークショップの実施


BPMNを活用して、既存業務の流れを整理し、業務の課題やボトルネックを明確にする手法を学びました。特に、手続きの重複や不要な確認作業の削減が、職員の負担軽減への早道であり、それを可視化するための手段としてBPMNが有用であるとの理解が促進されました。


  • 小規模業務改善プロジェクトの試験実施


「宿直業務」「給付金申請」「補助金管理」など、簡単な業務改善のプロジェクトを小グループで試験的に実施し、現場の職員がデジタル技術をどのように活用できるかを確認しました。試験の結果、業務に詳しい職員と、kintoneなどツールの操作が得意な職員のペアでの活動がうまく行くことがわかりました。


実業務への適用(三年目の取り組み)


ここまでの活動を踏まえ、三年目となる令和6年度に、実業務への適用の第一弾として、建設整備課の施設管理業務の効率化を目的としたプロジェクトが開始されました。


2. プロジェクト概略


建設整備課の施設管理業務は、主にExcelと手作業で運用されており、大きく5つの業務で構成されています。


  • 公共施設点検

  • 空調設備点検

  • 施設管理台帳更新

  • 設備点検委託

  • 修繕・工事


高浜町内に点在する庁舎や学校、公園など公共施設内の工事や修繕、およびその契約の管理だけでなく、エアコンなどの空調設備の点検記録までを含む幅広い業務です。現在は建設整備課の限られた職員が他の業務との兼任で担当しているため、業務の負担が課題となっています。


3. プロジェクト推進アプローチ


自治体に限らず、行政職員が業務改善プロジェクトを進めようとすると、次のようなことが問題になりがちです。

 

  • 効率的にプロジェクトを運営できるか

 

兼任かつ業務の合間で仕事を進める必要があるため、効率よく無駄ない仕事の進め方が求められます。

 

  • 関係者を巻き込めるか

 

せっかく開発しても、使ってもらえなければ意味がありません。そのためにも、関係者を多く巻き込み、自分事としてプロジェクトを捉えてもらう必要があります。

 

今回の業務効率化プロジェクトでは、これらの問題に対応するために、アジャイル開発の手法を部分的に採用しました。アジャイル開発は、優先度の高い機能から段階的に開発・リリースする、ユーザーからのフィードバックを重視するソフトウェア開発手法であり、世界中のシステム開発で利用されている方法論です。

 

今回はアジャイル開発における原則やプラクティスを、自治体の実態とDX推進活動での学びに合わせて取り込んだ、ミニマムなアプローチをとりました。ここでのミニマムとは、「実際に効果がある可能性が高く、現場でも受け入れられそうなやり方に厳選した」という意味合いです。


ミニマムなアジャイルアプローチ


  • 小さく始める


関係者が多い業務やシステムの変更には反対意見があったり協力や関心を得ることが難しいことがあります。そのため、小規模な成功事例を積み重ね、徐々に組織内での受容度を高めるようにしました。施設管理業務においては、真っ先に実際に点検を行う現場職員にアプリを触ってもらうなど、早めに巻き込むことで活動への理解と自分事化を促し、スムーズにプロジェクト進めることができました。


  • 毎週成果を確認する


業務担当・開発担当・外部アドバイザー(岡島)が毎週オンラインで集まり、プロジェクトの進行状況を確認します。単なる進捗報告で終わらずに、実際に動くアプリケーションをデモできる状態に持っていくことが重要です。これにより、段階的にできることが積み上がり、アプリケーションの機能が充実していきます。


  • ペアでの開発


これまでの2年間の活動での成功体験を元に、業務担当と開発担当のペアで開発を進めることにしました。これにより、それぞれの強みを活かし、効率的かつスピーディーにプロジェクトを遂行することができました。


  • インセプションデッキの活用


プロジェクトの開始段階で、インセプションデッキと呼ばれる、プロジェクトの目的や目標、関係者、リスクなどを明確にするためのフレームワークを活用しました。特に、自治体特有の状況や課題を踏まえ、インセプションデッキの内容や項目をカスタマイズすることで、より効果的な活用を実現しました。これにより、関係者全員が共通認識を持ち、プロジェクトの方向性を統一することができました。


  • プロジェクト進行の可視化

自治体では利用できるサービスやツールが限られるので、連絡やタスク管理にもkintoneを利用し、極力効率化しました。


課題の可視化と優先順位決め


また、プロジェクト開始前に業務それぞれをBPMNで可視化することで、改善したい点を明らかにするだけでなく、アプリ化に着手する順番(優先順序)を決定しました(写真)。これにより、「小さくはじめて毎週成果を確認する」アジャイルアプローチをスムーズに開始することができました。

 

写真:BPMNを使って業務効率化に関する議論を行ったときの写真

 

ちなみに、BPMNで業務を可視化する際には、初年度に実施したBPMN研修やワークショップでの活動成果(研修資料や成果物)が役に立ちました。可視化を担当した職員からは、BPMNで業務を整理することで、業務効率が悪いポイントがクリアになっただけでなく、業務全体を俯瞰した図があることで、今後発生するであろう業務の引継ぎにも役立ちそうだとのフィードバックがありました。


4. 具体的な工夫ポイント


本事例では、アジャイルアプローチのうち、インセプションデッキの活用と、プロジェクト進行の可視化について具体的な工夫ポイントを説明します。


インセプションデッキの活用


インセプションデッキを自治体の業務に適した形にカスタマイズし、関係者全員が共通の理解を持てるようにしました(図表1)。具体的には、以下のような工夫を行いました。


  • 用語の補足

一般的なインセプションデッキではIT企業向けの専門用語(=カタカナ用語)が多く含まれていますが、自治体職員にもわかりやすい言葉で補足しました。例えば、「エレベータピッチ」には「首長に説明するとしたら」との補足を追加しています。


  • 多段階のゴール設定

「我々はなぜここにいるのか(意義・ゴール)」には、goodとbestの2段階のゴール設定を書けるようにしました。これにより、「小さく始める」というアプローチをより具体的にイメージできるようになりました。


具体例



図表1:インセプションデッキ(自治体向けカスタマイズ)の一部


職員の反応


インセプションデッキを利用することのメリットについて、実際に業務に携わった職員からは次のような反応がありました。

 

  • 「ゴール」を関係者間で明確に共有できたのが良かった。

  • 普段の業務ではやることをアピールすることがないので、「関係者にアピールするとしたら」を考えることで、アプリの実現イメージがクリアになった。

  • 「首長に説明するとしたら」のパートで、名前(施設MAN)を決めることで、今回のプロジェクトに愛着を持てるようになった。通常業務利用するシステムや仕組みに名前を付けることはないので新鮮だった。

  • 「関係者を探せ」のパートで、具体的に協力をお願いしたい人や部署のイメージを強く持つことができて、その後実際に行動するときに動きやすかった。

 

普段の業務では「何をどうやっていつまでに実現するのか」の意識が強いのですが、インセプションデッキで「なぜ、誰を巻き込んで実現するのか」という視点を際立たせることで、プロジェクトに対するコミットメントが強まる効果がありました。


プロジェクト進行の可視化


アジャイル開発に限らず、プロジェクトの進行状況を可視化しておくことは大切です。一般の企業では外部の関係者も含めてチャットなどのサービスを利用してコミュニケーションすることが多いのですが、自治体では様々な制約もありこれらサービスが利用しにくいことがあります。

 高浜町の場合、メールでの連絡は可能でしたが、部署共通アドレスしか使えないこともあり、特に外部とのコミュニケーションに不安がありました。

 そこで、今回のプロジェクトでは、職員と外部アドバイザー(岡島)で進行状況を共有するためにもkintoneを活用しています。具体的には、業務アプリと同じスペース内にTODOアプリを作成し、このアプリを通じて進行状況の可視化と管理を行いました(図表2)。


図表2:作成したTODOアプリ


これにより、外部のメンバーを含めたチーム全員でのコミュニケーションが促進されました。毎週の定例ミーティングでは、このTODOアプリを確認・更新しながらプロジェクトを推進しています。


5. プロジェクトの成果と次のステップ


プロジェクトの成果(2025年3月時点)


実際に空調設備の点検作業を実施し、年間換算で試算したところ、45%程度の時間短縮が見込まれるとの結果が出ました。使い勝手の向上による現場作業の効率化もさることながら、従来は転記が必要だった台帳の整理の手間が大幅に削減されます(図表3)。

 また、「スマートフォンは片手で持てるので、梯子を上ったり狭い場所に入る場合に、従来のタブレットより身軽で、安全性が格段にあがる」や「その場で簡単な操作で結果が登録できるので正確性も向上するはず」とのフィードバックが職員からありました。


早い段階でユーザーを巻き込むアジャイルなアプローチの有効性が示されたと考えます。


図表3 空調設備点検でのKintone導入効果


次のステップ


  • 継続的改善

ユーザー(実際に空調設備点検を実施する職員)からのフィードバックを元に、さらに使いやすい仕組みになるよう空調設備点検アプリの改善を実施します。


  • 対象業務の拡大

次に優先順位の高い「修繕・工事」業務のアプリ化に向けた計画を開始します。


  • ノウハウの組織内展開

今回のプロジェクトの成果や知見をとりまとめ、組織内外で活用できるようにします。必要に応じて研修プログラム化し、実際の業務に活かせるスキルとして提供します。


6. まとめ


本事例では、福井県高浜町におけるDXを背景とした業務効率化の取り組みについて、そのアプローチと工夫点について、実例を交えながら紹介しました。

 

「施設MAN」プロジェクトでは、ペア開発やインセプションデッキの活用など、アジャイル開発の手法を取り入れることで、効率的かつ効果的なプロジェクト推進を実現できています。今後も、これらノウハウの組織内展開を通じて、業務効率化だけでなく、職員の能力向上や組織全体のDX推進を加速すべく支援を続けていきます。

 

業務が多岐にわたりつつ人事異動も多い行政機関では、内製化実現のハードルは高く、継続的に業務改善を続ける風土を根付かせるためにも、今回採用したような「小さく始める」ミニマムなアジャイルアプローチは有効だと考えます。本事例が、行政職員の方々の参考になれば幸いです。



 

ポイント


  • 福井県高浜町では、職員自らノーコードツールによる業務改善プロジェクトを実施し、業務効率化を達成した。

  • 成功の主な要因は、アジャイルなアプローチによる関係者のコミットメント醸成である。

  • アジャイル開発における原則やプラクティスを、自治体の実態とDX推進活動での学びに合わせて取り入れたミニマムなアプローチをとった。

  • 具体的には、「小さく始める」「毎週成果を確認する」「ペアでの開発」「インセプションデッキの活用」を行った。

  • インセプションデッキでは、IT企業向けの専門用語を自治体職員にもわかりやすい言葉で補足したり、2段階のゴール設定を設けるなどの工夫をした。

  • 今後は、対象業務の拡大、ノウハウの組織内展開を行う予定である。

​【関連情報】

■取組者/編著者プロフィール

福井県DX推進アドバイザー 岡島 幸男

■関連スキル

アジャイル開発

■関連研究・事業

公共アジャイル推進研究会

■掲載年月日

2025年3月

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