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公的課題の解決実践事例 ケーススタディ

「ローコードツールを活用した業務改善・業務改革の全庁展開」の概要(北九州市)

北九州市は、行政DXを推進するため、ローコード開発ツール「kintone」を全庁的に展開しています。これにより、各部署が自律的にデジタル技術を活用して業務改善、業務改革に取り組むという文化を根付かせることに成功しつつあります。定量的な効果としても、年間4万時間相当の業務効率化を達成し、従来のシステム開発手法と比較して約71億円のコスト削減効果があると試算しています。

「ローコードツールを活用した業務改善・業務改革の全庁展開」の概要(北九州市)

■取組者

北九州市デジタル市役所推進室

■編著者

北九州市デジタル市役所推進室  文/本多和幸(霹靂社)

■関連スキル

ローコード開発

■関連フレームワーク

ローコード開発庁内展開ロードマップ

■背景・問題

  • 地方自治体における職員数の減少と業務量の増大

  • 地方行政の細かな業務を効率化できるパッケージソフトやシステム開発手法がなく、アナログな業務が多数残存

  • 幅広い業務の改善・改革に活用できるデジタル基盤が必要


■どんな変革を起こしたか

  • ローコード開発ツール(kintone)を全庁導入したことで、各部署の自律的な業務改善、業務改革が文化として定着


■どんな価値を生み出したか

  • 年間4万時間相当の業務効率化

  • 業務アプリ開発の低コスト化

  • 迅速な庁内業務の改善・改革や市民サービス向上を実現

  • ペーパーレス化の推進

  • 職員のDXスキル向上


■変革の流れ(ストーリーボード)


 


ローコードツールを活用した業務改善・業務改革の全庁展開

北九州市デジタル市役所推進室

文/本多和幸(霹靂社)


地方行政では高齢化と人口減少に待ったなしの対応が求められています。自治体の職員数は減少しており、その傾向は今後も続くと想定されています。一方で、社会課題の多様化などを背景に、行政職員の業務量はむしろ増大しています。こうした状況を乗り越えるためには、デジタルテクノロジーを存分に活用して業務改善・業務改革や行政サービスの向上に取り組む行政DXが不可欠になっています。


1.     年間4万時間相当の業務効率化を実現した北九州市


北九州市では、現在、さまざまな現場で自律的に業務改善・業務改革を進めるためのデジタル基盤として、ローコード開発ツール「kintone」を活用しています。2021年度の導入当初は30ライセンスでのスモールスタートでしたが、3年間で全庁展開し、現在では約8000ライセンスまで拡大、全職員が利用可能な環境を整備しています。

 実際の活用状況を見ると、庁内で内製化のスキルとノウハウを蓄積することにより、100人以上の職員がkintoneアプリの開発を手がけられるようになっています。2024年9月末現在、kintone上で運用しているシステム数は422システムまで増加しています。これらのアプリを活用することで削減できた年間作業時間は4万時間を超えると試算しており、これは職員約21人分の業務時間にあたります。

 また、kintoneを活用することで、アプリを仮に外部のベンダーに委託してスクラッチ開発した場合に必要とされる、多大な労力、時間、コストが節減できます。ローコード開発によるコスト節減効果は、従来のシステム開発手法比で約71億円に上ると試算しています。kintoneによる内製中心のアプリ開発は、投資対効果の面でも大きなメリットを享受できていると言えます。

 また、現場のニーズに応じてアプリを開発するスピード感も大幅に向上しています。庁内業務の改善、改革、さらには市民サービスの向上も迅速に進めることが可能になりました。  

 このように、北九州市ではkintoneを利用した業務改善・業務改革が全庁的に根付きつつあります。

 本稿では、北九州市がこうした成果を上げるためにどのような取り組みを進めてきたのか、具体的な施策や検討のプロセスを紹介します。


2.     北九州市はなぜローコード開発に注目したのか


北九州市では、行政DXを幅広く推進するためのけん引役かつ司令塔として2021年4月にデジタル市役所推進室が発足しました。さまざまな業務の現場で、アナログな業務プロセスの非効率性に対する課題意識が高まっていたこともあり、推進室の発足直後から、デジタルツールを使った業務改善に関する相談が複数寄せられました。

 ローコードツール導入の大きなきっかけとなったのは、区役所の現場から、放置自転車の通報管理などをデジタル化したいという要望が寄せられたことでした。行政の中には多様な業務が存在しますが、これらの細かい業務を網羅するパッケージソフトは存在しません。外部のベンダーなどにスクラッチで専用システムを開発してもらうにも高コストで投資対効果が見合わず、時間もかかり過ぎるため、多くの業務でデジタル化がなかなか進まないという現実があります。その解決策として注目したのが、ローコードツールを活用して、スピーディーかつ低コストに業務システムを内製するという選択肢でした。

 ローコードツールの選定にあたっては複数のツールを比較し、コスト、使いやすさ、導入実績、信頼性などを総合的に評価して、サイボウズ社が提供する「kintone」を採用しました。


3.     kintone導入時に定めた活用方針とロードマップ


2021年7月にkintoneの採用を決定し、北九州市役所の全庁的な業務改善基盤として活用していく方針を定めました。2025年度までに年間10万時間の作業時間を削減するという目標を掲げ、同年9月にはサイボウズ社と「全庁的なDX推進に関する連携協定」を結び、10月にkintoneの活用を開始しました。同時に、新たな試みが組織に浸透する時間軸を考慮し、成功事例を積み重ねて投資対効果に関するコンセンサスを徐々に形成することで中期的に予算を無理なく獲得していくという方針のもと、担当レベルで全庁展開ロードマップも作成しました。[德永1] 当初は30アカウントでスモールスタート。2023年10月-12月期までにアカウント数を8000まで拡大して全庁展開するという計画を固めた上で、kintoneを活用した業務改善の文化を着実に組織に浸透させました。


<Knowledge1>ローコードツールの全庁展開ロードマップモデル

 

・ローコードツールを全庁展開するためには、多岐にわたる課題を漏れなく特定し、体系的、戦略的にロードマップへと落とし込んでいく必要があります

・北九州市では、複数年にわたるタスクを網羅的に洗い出し、ほぼ計画通りに全庁展開を進めてきました。

・下図はその経験を踏まえて一般化したロードマップです。今後、全庁導入する団体で検討の素材として活用いただければ幸いです。



4.     ロードマップ実現に向けたkintone定着の取り組み


ツールを導入しただけでは大きな効果は得られません。導入したkintoneが実際に業務改善・業務改革に広く使われるようにするためには、多面的なアプローチが重要です。


(1)運用ルールの策定

各部署が業務改善・改革ニーズに沿って自律的にkintoneアプリの開発を進めるためには、運用ルールの策定が必須です。統一の基準や統制がない状態で、いわゆる「野良アプリ」が濫造されてしまうと、業務の属人化やアプリの保守性の低下、類似データのサイロ化、セキュリティにおける脆弱性の増大といったリスクが高まります。

北九州市ではkintoneの導入に先立ち、2021年7月、まずはラフな運用ルールを定め、同年9月にはkintoneパートナーのSIerの支援を受け、より具体的な運用ルールを策定。併せて、kintoneを利用する際に必要となる情報や関係者とのコミュニケーションの一元的な窓口機能を担うポータル画面も整備しました。運用ルールの策定にあたっては、サイボウズ社が提供しているガイドラインや、行政職員限定のキントーン公式ユーザーコミュニティ「ガブキン」で公開されている資料をベースとしました。


図表1 まずはラフな運用ルールを定めた


その後、段階的な利用拡大を経て、最終的には全庁展開に至りましたが、運用ルールは随時刷新しています。また、運用を支えるシステムもkintoneで整備しています。例えば、デジタルナビゲーター(デジナビ)という庁内の各種申請手続等を集約・案内するアプリをkintoneで開発し、ここに庁内の各種申請手続きを集約しています。ユーザーにとっては申請手続きが分かりやすくなり、手続きや照会の効率化にもつながっています。

また、システム管理台帳もkintoneで作成し、BIツールと連携させてkintoneアプリの利用状況や効果を可視化しています。これにより、職員間の業務引継ぎや、kintoneの積極的な活用に向けた庁内のコンセンサス形成がスムーズになっています。


(2)成功事例の創出

新しいツールの価値を広くユーザーに知ってもらうには、成功事例をいかに創出するかが重要です。DXの推進役であるデジタル市役所推進室では、まず、各部署においてkintone活用のキーパーソンとなりそうな職員に個別にアプローチしました。ここでのキーパーソンとは、従来の業務の在り方に課題を感じていて、積極的にkintoneを利用して課題解決に取り組んでくれそうな職員のことを指します。このキーパーソンとデジタル市役所推進室の担当者が一緒にサイボウズ社のオンライン研修を受講するなど、共同で知識を深め、各部署における課題解決を図ることにしました。

 こうした取り組みの結果、職員による内製化アプリ第一号として生まれたのが「老朽空き家等除却補助現地判定システム」です。老朽化した空き家を解体する際などに市の補助制度が適用されますが、適用対象となるかどうかを判定するための資料づくりは、職員が現地で写真を撮り、オフィスに戻って必要な情報を集約するなど、多くの手間と時間がかかっていました。kintoneで構築した新システムは、モバイルPCを使って現地で対象建築物の情報入力や写真の編集などを行い、判定資料を自動作成するシステムです。これにより、年間157時間の作業時間削減を実現しています。また、同システムをスクラッチ開発した場合、開発費は1600万円ほどかかるという試算結果が出ており、コスト削減にもつながりました。

 新型コロナウイルス感染症への対応でも、kintoneによる内製化の効果が顕著に表れた事例を作ることができました。保健所における陽性者発生届の管理は、紙の書類に手書きが基本でしたが、kintoneアプリによりこれをデジタル化し、一元管理できるようになりました。デジタル化以前は最大で100人規模の保健所への応援職員が必要でしたが、アプリの開発により15人程度まで削減できました。また、ペーパーレス化により、用紙・印刷代、フォルダ代など、合計約1千万円のコスト削減も実現しました。本案件では、デジタル市役所推進室が現地で担当者を直接サポートし、業務の流れの整理を含めてシステム化を支援しました。

 

図表2 新型コロナウイルス感染症陽性者発生届の管理をkintoneでデジタル化


これらの成功事例により、多くの職員がkintoneの活用効果を認識することになり、その後の全庁展開を強力に後押しすることになりました。


(3)庁内広報

キーパーソンを支援して活用事例が増えてきたら、次の段階ではそれを多くの職員に知ってもらうことが重要になります。そのポイントになる施策の一つが庁内広報です。デジタル市役所推進室は独自に「kintone通信」を作成し、庁内グループウェア上で公開してきました。「kintone通信」では、基本的な情報から、内製化の事例、開発者/利用者向けのTipsなど、kintoneに関する幅広い情報提供を行っています。加えて、「kintone通信」や各種マニュアル、運用ルールを詳細に読み込む余裕がない職員向けに、要点を抑えた動画コンテンツを作成、公開しています。


図表3 庁内広報の取り組み


(4)人材育成

kintoneを全庁展開して成果を上げるためには、幅広いニーズを捉えた研修制度も不可欠です。北九州市では実践的なハンズオン研修を中心に人材育成を進めています。

まず、受講者のレベルに応じて、「未経験者向け研修」「基礎研修(中級者向け)」「発展研修(上級者向け)」といったプログラムを月に1回程度のペースで実施しています。これらの研修は自由参加で、各職員が意欲に応じて参加するものです。

 また、新規採用職員と採用3年次職員の若手職員に向けては、階層別研修の中に盛り込むなど、kintoneをスムーズに使い始めるための間口を広く設けるとともに、自らの課題意識に従ってレベルアップできる環境を整えています。

 また、全庁で2400人の育成を目指して実施している「DX変革リーダー」向けの研修でもkintoneに関するハンズオン研修を設定しています。「DX変革リーダー」の育成は、実務で使える知識を持ち帰って、所属課で実践してもらうことを目的としており、各部署のDXを牽引する次のキーパーソンを発掘する狙いもあります。

 2024年末現在で、延べ2000人以上がこれらの研修を受けており、kintoneそのものや、その有効性、課題解決ツールとしてのポテンシャルへの認知度は着実に高まっています。


(5)伴走支援

 「(2)成功事例の創出」の項で紹介した、各部署のキーパーソンとデジタル市役所推進室が共同でkintoneの知識を深め、課題解決を図った手法は導入初期の事例創出には有効ですが、対応できる案件数に限界があることが課題です。一方、2021年10月の導入直後に、kintoneを活用した業務改善のアイディアを全庁で募集したところ、100件以上の具体的なアイディアが寄せられました。デジタル市役所推進室は、こうして把握したkintoneのニーズの大きさを踏まえ、各部署がkintoneの活用についてより手軽に相談できる仕組みが必要だと判断。ここでもkintoneを活用し、相談受付の窓口となるアプリ「デジタルコンシェルジュ(デジコン)」を開発しました。

 従来、各部署からデジタル市役所推進室にkintone活用の相談をする場合は電話での連絡が基本で、担当者にたどり着くまでに時間がかかったり、相談内容が記録に残りづらかったりといった課題がありました。デジコンはこれをシステム化し、相談内容に応じたデジタル市役所推進室内でのタスクの振り分けや、案件の進捗や過去の記録も共有できるようにしたものです。

 これまで1000件以上の相談がデジコンを通じて寄せられており、kintoneの活用促進に寄与しています。デジタル市役所推進室としても、横断的に庁内の業務課題を可視化できることから、DXを進めるための基礎的な情報の把握に役立っています。

また、デジコンと連携する機能として、ヘルプデスクも設置しています。kintoneパートナーに委託して専門のSEを派遣してもらい、各部署のシステム開発を支援するという役割です。ヘルプデスクの担当者は、デジコンで受けた相談にデジタル市役所推進室とともに伴走し、プレ運用から本運用まで徹底してサポートする体制を構築しています。ヘルプデスクのニーズも年々高まっており、2021年度の設置当初は1人のSEが週2回来庁する体制でしたが、現在では5人が常駐する体制にリソースを拡充しています。


<Knowledge2>施策の効果を高めるのに欠かせない「仮説検証プロセス」

kintoneを定着させるための各施策は、ロードマップなどで目指すべき姿を明確にした上で、その阻害要因となり得ることについて仮説を立て、それをいかに解決するかという前提で検討を進めたものです。

・全ての組織に共通の仮説は存在せず、自らの組織の課題にフォーカスして仮説を立てる必要があります。

北九州市は具体的に、「職員に知ってもらえるか」「職員が扱えるようになるか」「途中であきらめないか」「職員間で引き継げるか(使われない野良アプリが増えないか)」「成果や効果を可視化できないか(施策の評価を求められる)」という五つの課題を乗り越えることがkintone定着のキーになると仮説を立てました。

各施策はそれに対応したものですが、こうした取り組みを進める際に共通した重要なのは、最後の課題である施策の効果を把握する仕組みを構築することです。

定量的な効果を把握し共有することで全庁的な拡大につなげることができ、ガバナンスの確保にもつながります。


<Knowledge3>「職員のキャリア構築に役立つ人材育成制度もツール活用を後押し

北九州市は2025年度までに、政令市最大規模となる2400人のDX推進・中核人材を育成する「DX人材育成プロジェクト」を進めており、「(4)人材育成」で触れたDX変革リーダーの育成も、これとリンクした取り組みです。

・DX人材育成プロジェクトでは、連携協定を結んだITベンダーなどの協力の下、さまざまな研修プログラムを実施した上で職員のDXスキルをレベルごとに認定しています。

・この枠組みの中でサイボウズ社とも連携しており、kintoneなどのデジタルツールやデータを活用して課題を解決するスキルを習得するとともに、成果物を実際に業務に実装することも見据えた、より実践的な研修を実施中。

・kintoneの活用スキルを高めることで、職員がキャリア構築の選択肢を広げられるような施策を展開することで、全庁的な活用拡大との相乗効果が期待できます。



5.     今後の展望


北九州市は当初の計画に沿ってkintoneの全庁展開を実現し、一定の成果を上げています。

今後、予算査定や議会答弁管理など、全庁的に使えるアプリの開発など、業務改善、業務改革の基盤としてさらに活用を推進していきます。

さらに、全庁で使えるマスタの整備・拡充や、シングルサインオンの実装(2025年1月実装済)、他システムとの幅広い連携などの課題解決も模索しながら、庁内業務効率化の面的な推進や住民サービスの向上につなげたいと考えています。



 

まとめ


a. 本ケースの特徴的な点

  • 8000ライセンスという規模感でローコードツールを全庁展開

  • 仮説検証プロセスを機能させ業務の現場にローコードツールを浸透させる取り組みを多面的に展開

  • 結果として各部署が自律的にデジタル技術を活用して業務改善、業務改革に取り組む文化が根付きつつある

  • 年間4万時間相当の業務効率化を達成し、従来のシステム開発手法と比較して約71億円のコスト削減効果を見込むという定量的な効果も実現


b.当該手法の活用に係る留意点・前提条件、再現可能性に関するコメント

  • 業務改善や業務改革にデジタルツールを活用する環境づくりや仕組みづくりは重要だが、初期の成功事例の創出に関しては「効率的なメソッド」が存在するわけではなく、各部署のキーパーソンを発掘し、一緒に課題解決に取り組むよう働きかける、ある種の泥臭いコミュニケーションが必要

■掲載年月日

2025年3月

■関連研究・事業

行政情報システム研究所調査研究

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