公的課題の解決実践事例 ケーススタディ
要件定義におけるアジャイル手法の部分的な実践(会計検査院)の概要
会計検査院は、ある内部業務を効率化・デジタル化するためのシステム(以下「業務システム」という。)の更改を令和8年10月に予定。次期業務システムの要件定義において、アジャイル手法を部分的に実践することにより、迅速かつ柔軟なプロジェクト管理を実施しました。

■取組者
会計検査院
■編著者
会計検査院事務総長官房上席情報システム調査官付 情報システム調査官 三瓶 健明
■関連スキル
プロジェクトマネジメント
■関連フレームワーク
課題管理 [→課題管理]
■背景・問題
技術の進歩や社会情勢の変化に伴い、国のシステム開発を取り巻く環境は加速度的に変化しており、従来のウォーターフォールのやり方では限界が出てきている中、環境の変化に強いプロジェクトの進め方が求められています。アジャイル手法には、方針を頻繁に見直し、迅速に方針変更の意思決定を行うための仕組みが備わっているという特徴があります。
■どんな変革を起こしたか
・課題管理やコラボレーションの仕組み(カンバンボード[1]、チャットツール[2])を導入
・隔週で方針策定のための定例会を実施
■どんな価値を生み出したか
・課題の一元管理による検討漏れや対応漏れのリスク低減、業務の平準化など
・計画が実現困難になる事態の回避、概ねオンスケジュールでのプロジェクト進行
■変革の流れ(ストーリーボード)

要件定義におけるアジャイル手法の部分的な実践(会計検査院)
会計検査院上席情報システム調査官付
情報システム調査官
三瓶 健明
1. はじめに
国のシステム開発は、一般的にウォーターフォールで進められることが多く、業務システムの更改プロジェクトもその例外ではありません。ウォーターフォールは、プロジェクトの各工程(例:要件定義、設計・開発、テスト等)を滝のように、上から順番に行っていく方法で、各工程で問題が生じた場合に前の工程に戻って見直しを行うことは基本的に想定されていません。
しかし、技術の進歩や社会情勢の変化に伴い、国のシステム開発を取り巻く環境は加速度的に変化しており、従来のウォーターフォールのやり方では限界が出てきています。
例えば、クラウドサービスでは、日々新しいマイクロサービスがリリースされており、より適切なサービスをシステム要件に取り込む必要があります。また、システム開発に関係するガイドラインや法令等は毎年のように改正されており、改正に対応した機能やセキュリティ対策をシステム要件に取り込む必要があります。さらに、国のシステム開発は、府省間でデータ連携をしていたり、システムの仕様が所管法令の規定により制約を受けたり、公共調達の手続に基づいて調達する必要があったりするため、様々な組織内外のステークホルダーが存在し、それぞれのステークホルダーの意見をシステム要 件等に取り込む必要が出てくる場合も多くあります。
そこで、今回の次期業務システムの要件定義においては、ウォーターフォールをベース[3]としつつも、アジャイル手法を部分的に実践することにより、迅速かつ柔軟なプロジェクト管理を実施し、環境の変化に強い進め方を目指しました。
2. 業務システムの更改プロジェクトの概要
会計検査院は、ある内部業務を効率化・デジタル化するため、平成22年に業務システムを開発して、これまで数次の更改を経て運用しています。
今般、外部連携システムからのデータ授受をオンラインで行うことなどに対応するため、会計検査院PJMO[4]は、次期業務システムについて令和8年10月にリリースすることとし、6年2月から基礎調査を開始し、同年4月から要件定義を開始しました(図表1)。
図表1 業務システムの更改プロジェクトの全体スケジュール概要(令和6年11月時点)

(出典)著者作成
3. 要件定義の工程でアジャイル手法を部分的に取り入れることとした理由
今回の業務システムの更改プロジェクトでは、開発・運用保守費用の削減などを目的に、オンプレミスからクラウドへ移行し、クラウドのマネージドサービス[5]を活用する方針を採用しました。これにより、クラウド利用の可否や、個人情報をクラウドでどの範囲まで扱えるかなど、個人情報保護の観点で多数の課題が生じることが予想され、検討漏れや対応漏れが生じるリスクが懸念されました。
また、国のシステム開発においては、関係機関のシステムの仕様や関係規程類を踏まえる必要があるため、多数の関係機関との調整が必要になることが予想され、調整結果が計画の実現可能性に影響を与えることが懸念されました(図表2)。要件定義については、要件定義業務等を外部委託していたため、会計検査院PJMOが策定した方針に従って支援事業者が要件定義書等の成果物を作成する方針としていましたが、会計検査院PJMOの方針策定が遅れたり、組織内外のステークホルダーとの調整が難航して時間がかかったり、ステークホルダーとの調整結果を踏まえた対応方針の検討や方針変更の意思決定に時間がかかったりすると、簡単にスケジュールが遅延することが懸念されました。
以上のことから、筆者が在籍する会計検査院PMO[6]は、課題を適切に管理するとともに、方針を頻繁に見直し、迅速に方針変更の意思決定を行うための仕組みが必要と考え、PJMO支援の役割で業務システムの更改プロジェクトに参画することとし、要件定義の工程でアジャイル手法を部分的に取り入れることとしました。
図表2 組織内外のステークホルダーと関係規程類等の一 覧

(出典)筆者作成
4. 実施したアジャイル手法等の取組
業務システムの更改プロジェクトの要件定義の工程では、アジャイル手法の部分的な実践として「スクラム[7]」のフレームワークを参考に、課題管理を実施しました。ここでは、利用したツールや利用方法等も合わせて説明させていただきます。
① カンバンボードの作成
プロジェクトにおける課題や進捗状況を可視化し、PJMOとPMOで同期した課題管理を実施するため、Microsoft Planner[8]でカンバンボードを作成しました(図表3)。
図表3 カンバンボードの例

(出典)実際に利用したカンバンボードの画面キャプチャ
ツールの操作への慣れや管理の煩雑さを回避するため、可能な限りシンプルに課題を立てることとし、各課題には、「背景・目的」、「ゴール」、「進捗状況[9]」、「期限」、「担当者」、「優先度[10]」、「スプリントタスク[11]か否か」及び「チェックリスト[12]」を記入することとしました(図表4)。
図表4 課題の例

(出典)実際に利用したカンバンボードの課題の画面キャプチャ
この取組により、プロジェクトにおいて生じた多数の課題を一元的に管理することができたため、検討漏れや対応漏れを低減することができました。
また、担当者ごとの課題の量が可視化され、業務負荷が明確になったため、担当を分担したり、担当を入れ替わったりして、業務の平準化を行うことができるようになり、さらに、「背景・目的」、「ゴール」、「担当者」等を明確にすることで担当者が自信を持って課題に取り組むことができるようになりました。
② 定例会の実施
スプリント期間を2週間に設定[13]し、隔週[14]で定例会を実施しました。定例会にはPJMOとPMOの担当者が出席しました。
定例会の前半では、スプリント期間で実施した各課題の進捗状況を確認し、各課題で設定したゴールを達成しているか、問題や懸念は生じていないか、成果物のレビューは完了しているかなどを確認しました。そして、達成した課題の数を確認してスプリント期間の終了を宣言しました。
定例会の後半では、次スプリント期間の計画を作成しました。問題や懸念が生じている課題について議論し、これまでの計画を見直したり、方針を変更したりしてゴールやチェックリストを修正しました。そして、課題をすべて確認し終えたところで、最後に、次スプリント期間の開始を宣言しました。
この取組により、組織内外のステークホルダーとの調整過程で問題や懸念が生じても、方針を頻繁に見直し、迅速に方針変更の意思決定を行うことができたため、計画が実現困難になる事態を回避することができました。また、概ねオンスケジュールで要件定義書等の作成[15]を行うことができました(図表5)。
図表5 定例会による方針変更等の概念図

(出典)筆者作成
なお、アジャイル手法のほか、プロジェクトの推進のために以下の取組も併せて実施しました。
① 簡易的なインセプションデッキ[17]の作成
今回の業務システムの更改プロジェクトでは、PJMOとPMOにおいて組織の壁を超えて協力して進めることとしたため、プロジェクトの進行中に混乱が生じないように、役割分担やコミュニケーションの方法等を双方で事前に合意しておく必要がありました。
そこで、簡易的なインセプションデッキを作成(記載項目等は図表6)し、関係者間で認識合わせのための会議を実施しました。
なお、「インセプションデッキ」の用語は馴染みがなかったため、馴染みのある用語に置き換え、「○月までのマイルストーン」という名称の資料にしました。
図表6 インセプションデッキの記載項目等の一覧
No | 記載項目 | 記載内容 |
1 | 資料の目的 | 資料を作成した目的を記載しました。 |
2 | マイルストーン | 支援事業者による成果物の納入期限に合わせて マイルストーンを設定しました。 |
3 | 役割分担 | PJMOとPMOの役割分担について記載しました。 「プロダクトオーナー」、「スクラムマスター」、「開発者」の文言は馴染みがなかったため、馴染みのある用語に置き換えました。 |
4 | コミュニケーション方法 | コミュニケーションの手段(会議、チャットツール等)や日時、参加者等を記載しました。 |
5 | 優先度 | |
6 | 課題管理の方法 | Microsoft Plannerの使い方を記載しました。 |
7 | 用語の説明 | 「スプリント」や「バックログ」などの用語の説明を記載しました。 |
(出典)筆者作成
② チャットツールの利用
コミュニケーションコストを削減しつつ、組織の壁を越えて情報共有・共同作業を行うため、 チャットツール(Microsoft Teams)でチャネルを作成しました。情報の透明性を担保するために、すべての情報をチャネルに集約するとともに、カンバンボードを常に閲覧・編集できる状態にしました。
また、プロジェクトの進行に伴い、ステークホルダーもチャネルに参加してもらい、必要に応じて共同作業に参加してもらったり、チャネルで調整を行ったりしました。
5. 終わりに
以上、要件定義におけるアジャイル手法の部分的な実践について説明してきましたが、今回用いた「スクラム」のフレームワークは現状を可視化するためのものに過ぎません。
プロジェクトを開始してからいくつか問題や懸念が生じましたが、それでも概ねオンスケジュールでプロジェクトを進めることができたのは、プロジェクトに参画するメンバーそれぞれが問題や懸念に愚直に向き合い、ときには誰かに助けを求めたり、ときには誰かを頼ったりしながら、逐次必要な対応を行うことができたからだと考えています。
今回のアジャイル手法の部分的な実践の取組によって、スクラムの「尊敬」の価値観が行政にとても良くフィットすることがわかりました。今後はアジャイル手法を部分的に取り入れるだけでなく、システム開発のプロセス全体に適用することを検討していきたいと考えています。また、行政におけるアジャイル手法の認知向上にも取り組んでいきたいと思います。
プロジェクトに関係してくださった皆様にこの場を借りて感謝申し上げます。ありがとうございました。
【プロフィール】
三瓶 健明 (さんぺい たけあき)
会計検査院事務総長官房上席情報システム調査官付 情報システム調査官
平成26年4月に会計検査院入庁、第5局情報システム検査室において政府情報システムに関する会計検査に従事し、その後、官民人事交流制度によるアジャイル開発の経験を経て、令和5年7月より現職。現職では会計検査院のPMO(府省内全体管理組織)や基幹システムの運用保守、システム監査、情報セキュリティ監査等の業務に従事。

【脚注】
[1] 課題をカードとして視覚的に表し、課題が進捗するにつれて列やレーンを移動させて作業の進捗状況を示す課題管理の方法で、「スクラム」(後述)のフレームワークには含まれませんが、アジャイル開発の現場で一般的に用いられる手法の一つです。
[2] Microsoft TeamsやSlackなどの、複数人で同時にテキストメッセージのやりとりが行えるツールのことです。
[3] ウォーターフォ ールをベースとした主な理由は以下のとおりです。
①アジャイル手法についての知見が少なく、いきなりすべてアジャイル手法に置き換えると、プロジェクトに携わる職員の間で混乱が起きることが予想されたこと
②アジャイル手法の場合、プロジェクトのスコープを調整するため準委任契約の形態が適しているが、準委任契約の前例が少ないため調達手続において調整が困難になることが予想されたこと
[4] プロジェクト推進組織のこと。ProJect Management Office の略字。本プロジェクトにおいては、業務実施課。
[5] サーバ、ストレージ、データベース、セキュリティ対策、運用・保守等の情報システムの仕組みを従量課金のサービスとして利用できるサービスのこと。
[6] 府省内全体管理組織のこと。Portfolio Management Office の略字。本プロジェクトにおいては、上席情報システム調査官付(以下「情報」)。
[7] スクラムとは、複雑な問題に対応する適応型のソリューションを通じて、⼈々、チーム、組織が価値を⽣み出すための軽量級フレームワークのことです。一月以内の一定の決まった期間のことを「スプリント」と いい、スプリントで実行する作業の計画を作成するための会議を「スプリントプランニング」といいます。課題管理ツールの運用において想定しているミーティングは「スプリントプランニング」ではありませんが、情報の透明性の向上や複雑さを低減するために同じ時間・同じ場所で開催することを念頭に置いている点で「スクラム」の考え方を参考にしています。
なお、スクラムのフレームワークでは、「スプリントプランニング」のほかに、「デイリースクラム」、「スプリントレビュー」及び「スプリントレトロスペクティブ」を実施する必要があることに留意してください(会議の説明は省略します。必要な方は「スクラムガイド」をご参照ください。)。業務システムのプロジェクトでは、職員の習熟度等の関係から、意図的に「スプリントプランニング」のみを定例会として実施しており、本来は「スプリントレトロスペクティブ」で行うべきスプリントの終了を「スプリントプランニング」の中で行っていました。
[8] 令和6年1月に会計検査院にMicrosoft Office365が導入されたことから、職員はMicrosoft Plannerを自由に利用することができたため、当該ツールを利用することとしました。
[9] 「To Do」、「進行中」、「レビュー中」及び「完了」の4段階です。
[10] 「緊急」、「重要」、「中」及び「低」の4段階です。
[11] スプリント期間中に対応する課題のことです。
[12] 作業内容の細かい段取りを一覧にしたものです。
[13] スプリント期間を2週間に設定した理由としては、①方針の策定や資料作成等のための時間が1週間では短すぎること、②ステークホルダーとの調整に時間を要することなどが考えられたためです。
[14] 隔週水曜日の14時から15時半までの時間で実施しました。
[15] 要件定義書等の作成は支援事業者がメインで作成することになっていました。そのため、定例会で変更した方針について、支援事業者との定例会議で同期させて作成を進めました。
[16] 本稿では「スプリント期間中に実施しない課題」の意味で用いています。
[17] プロジェクトの全体像(目的・方向性・優先順位・開発環境など・コストや人材・背景)をプロジェクトに参画するメンバーが相違なく認識するために作成するドキュメントのことです。「スク ラム」のフレームワークではありませんが、アジャイル開発の現場で一般的に用いられる手法の一つです。
[18] プロジェクトの要素である品質(Quality)、予算(Cost)、納期(Delivery)及びスコープ(Scope)のそれぞれの頭文字を取った言葉です。
■掲載年月日
2025年1月
■関連研究・事業
公共アジャイル推進研究会