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2025年3月31日

埼玉県深谷市

窓口BPRの実践事例から学ぶステークホルダーマネジメント

株式会社コンセント (協力)齋藤 理栄

編著者:

窓口BPRの実践事例から学ぶステークホルダーマネジメント

この記事では、深谷市の窓口BPR事例を取り上げ、プロジェクトに関係するステークホルダー(利害関係者)のニーズを捉え、関係性を構築する「ステークホルダーマネジメント」の考え方をご紹介します。このケースでは、収税課が中心となって、部門が異なる担当部署を巻き込み、横串を通した連携を進めました。その結果、市民の利便性を向上させ、職員の業務負担を減らし、業務の効率化を実現することができました。

■関連フレームワーク

■背景・問題


近年、少子高齢化や人口減少が進む中、行政サービスの現場では効率化と質の向上が喫緊の課題となっています。限られた職員で多岐にわたる業務を遂行する必要性に迫られ、職員配置の適正化や業務プロセスの見直しが求められています。

 


■起こした変革


  • スモールスタートで段階的に多くの職員を巻き込み業務改善を進め、関わる人々の考え方や行動を変えるきっかけをつくった。

  • 行政や市民、企業など複数の関係者の立場や課題を全体的に見渡し、それぞれにとって役立つ仕組みを構想・実現した。

  • 窓口業務について、おもに行政職員と市民双方の視点から本質的な課題や解決策を考え、使いやすいサービス体験を実現した。

 


■生み出した価値


  • 市役所の複数課で利用できる税公金の自動収納機を本庁舎とショッピングモールへ導入し、市民の利便性向上と行政職員の業務効率化を図った。特にショッピングモールへの導入では、取り扱いできる納付書の種類を4科目から8科目に増やした。

  • 税公金の支払い手続において、市民の口座振替利用を促進し申込者数を前年度比で約2倍に増加させ、市民の支払い手続の負担や行政の手数料コストを削減した。



■変革のストーリー


図:ステークホルダーの課題を捉え、あるべきサービス像を提示しさまざまな方を巻き込みながら変革を実現しました。


 

 




1.    はじめに


深谷市では他の多くの自治体と同様に人口減少が進行しており、職員数の増員が見込めない状況です。深谷市では市職員数が2006年の1,159人から2022年には982人まで徐々に減少しており、今後も人員減の傾向が続くと予想されています(出典:深谷市人事行政の運営などの状況について/深谷市ホームページ. https://www.city.fukaya.saitama.jp/soshiki/somu/jinji/tanto/1391395830946.html)

 一方で市民ニーズは多様化しており、限られた人員で増え続ける行政課題に対応しなければなりません。そこで深谷市は職員の定員の適正化を図り、定型業務を効率化し、市民相談など付加価値の高い業務に振り向けることとしました。

こうした状況に対し、深谷市では収税課を中心に業務改善の取り組みを進め、業務プロセスの見直しを行いました。その結果、従来の業務を大幅に改善し、職員の業務負担を軽減するとともに、市民にとってより利便性の高いサービスを提供できるようになりました。

 本記事では、変革のキーパーソンである深谷市収税課職員(当時)の齋藤理栄氏へのインタビューをもとに、実施した事業の内容をご紹介します。まずはじめに、背景として深谷市の業務改善の取り組みをご紹介します。



2.     段階的に周囲を巻き込み業務改善を実践


齋藤氏は、情報システム部門から収税課へと異動になり、業務において改善が可能と思われる点をいくつか発見しました。


  • 業務が標準化されていない:業務のマニュアルはあるが前任者が積み重ねてきた工夫が口頭で引き継がれている状態だった

  • 標準プロセスが効率的でない:本来もっと効率的に処理できるはずの業務について、手作業が標準プロセスとなっていた


齋藤氏はこのような状況に対して、身近な改善から始め、周囲を巻き込み業務効率の向上や働きやすい職場の実現に取り組みました。たとえば、Excelを利用して、手作業で処理されていた業務を自動化したり、課内のメンバーと協力し納付書のバーコードを活用した支払い料金の自動計算システムの構築を行ったりしました。さらに、業務のマネジメント方法の改善にも着手し、職員が休みを取りやすくしたりしました。

 齋藤氏は、こうした業務改善について、「効率化することでミスが減り、最終的に市民サービスの質の向上につながる」と、まず手近な業務改善から行う重要性を指摘します。また、「取り組みを進めるうち、次第に周囲も『変えていいんだ』『自分もやってみたい』と思うようになり、協力者が増えたことで変革が進めやすくなりました」と改善を続ける中で、周囲の職員に変化が生まれたと振り返ります。

 こうした取り組みを背景に、深谷市では「税公金の自動収納機導入」と「銀行口座振替支払いの推進」を実施しました。いずれの施策においても、ステークホルダーのニーズを捉え、価値を享受できる仕組みの実現に取り組んでいます。



3.     税公金の自動収納機導入


一点目は、税公金の自動収納機をショッピングセンターと本庁舎に設置した事業です。自動収納機を設置することで、それまで数多く実施していた現金授受対応の一部を自動収納機での対応へと移行させ業務効率と市民の利便性を向上させました。収納機導入以前、ショッピングセンターでは行政センターが窓口業務を行っており、対応できる科目は4科目(市県民税、軽自動車税、固定資産税、国民健康保険税)でした。これを本機の導入によって、取り扱いできる納付書の種類を8科目(新たに追加した科目:後期高齢者医療保険料、市営住宅使用料、学童保育料、上下水道を追加)に増やしました。


写真:深谷市本庁舎に設置された自動収納機


3-1.  導入の成果


自動収納機の導入に関係する主要なステークホルダーは、行政、市民、企業(ショッピングセンター)の三者です(図1)。

 

図1:自動収納機導入を取り巻くステークホルダーの課題と価値


市民にとっての課題は、手続に時間がかかることと、支払いが特定の場所でしかできないことでした。自動収納機が本庁舎に設置されたことで、手続にかかる時間が短縮され、さらにショッピングセンターでも手続が可能になり、買い物のついでに済ませるなど選択肢が広がり、利便性が向上しました。

 行政にとっては、現金の取り扱いに手間がかかり、手続に多くの労力を要することが課題でした。自動収納機の導入により、窓口業務の効率が向上し、職員の業務負担を軽減することができました。

 ショッピングセンターは、営利組織として集客を行いたいというニーズがあります。自動収納機の設置によって、手続を目的に訪れた市民が買い物をする「ついで買い」効果を期待できるようになりました。


3-2.  関係課を巻き込むアプローチ


この事業では、収税課のみが自動収納機を導入するだけでは投資対効果が低いため、他の課も巻き込んだ横断的な取り組みが必要でした。この取り組みを進めるために、関係者を巻き込む二つのアプローチをとりました。


一つ目は、マネジメント層に業務改善について相談を持ちかけ、俯瞰的な視点でのアドバイスを求めたり、課を超えた連携に向けて協力を得たりすることです。

 まず、担当者レベルで課題を共有し、進むべき方向性の認識を揃えてから上長に相談することで、意思決定をスムーズに進めることができました。特に、異なる部門との調整では、マネジメント層の合意を得ることで組織内の壁を越えやすくなります。こうした調整プロセスについて、齋藤氏は「実際に困っている担当同士で話し合えば『確かに改善が必要だ』となり、方向性が一致しやすい」「部署をまたぐと上長の考えが違うことがあるため、事前に話を通してもらうと進めやすい」とボトムアップで意見をとりまとめながら上長を巻き込むことの有効性を指摘しました。ステークホルダーマネジメントにおいて、マネジメント層の上長に相談し、協力を得ることは、組織内の調整を円滑にし、全体最適の視点を確保するうえで重要な役割を果たします。


二つ目は、改善を行うことで職員がどのようなメリットを享受できるかを実際に示すことです。自動収納機の導入にあたっては、関連する部門の方を招き機器のデモンストレーションを行うことで、具体的にどのようなメリットが得られるかについて理解を深めてもらいました。

 こうした取り組みについて、齋藤氏は「説明だけでは理解されにくいので、関係課の職員を集めて実際に見てもらいました。必ずしも予算が確保された状態ではありませんでしたが、まずは『こういう仕組みがあれば便利だ』と関心を持ってもらうことが大切だと考えました」と述べています。

 デモンストレーションは、関係者の理解を深め、導入を円滑にするために効果的な手法です。実際に体験することでメリットを具体的に理解しやすくなりますし、コミュニケーションを行うことで共通認識が生まれ、合意形成が促進されます。

 

また、この事業では自動収納機をショッピングセンターにも設置しました。ショッピングセンターでは、収税課の収納業務を行政センターにも担ってもらっていたため、取り扱い科目を単純に増やすことは難しい状況でした。そこで、自動収納機の導入に際して業務負担を減らすための業務調整の交渉をセットで行うなど粘り強く調整を重ねたことで、最終的に取り扱い科目を増やすことで合意に至りました。内部調整には時間がかかることもありますが、丁寧な対話を重ねることで前進できることが示された事例です。齋藤氏は「内部交渉が一番大変です。自治体の中で改革を実行するには、コツコツと賛同者をつくる『諦めない心』が必要です。」と話します。


3-3.  交付金の活用


自動収納機の導入にあたっては、「デジタル田園都市国家構想交付金」を活用しています。これは、利用可能な交付金を前提として事業を実施したのではありません。理想とするサービスの姿を描いておいたうえで、その実現に向けて活用できる機会を逃さないというアプローチによって推進されたものです。 

 変革プロジェクトでは、課題の整理から段階的に取り組みを進めるケースがあり、その段階では明確な予算が確保されていないこともあります。そのため、あらかじめ課題を整理し、理想像を描きながらステークホルダーを巻き込み、実行の機会が訪れた際にすぐ対応できるよう準備しておくことが重要です。

 齋藤氏も「交付金は貴重なチャンスです。ただ、ありがちな失敗として、交付金があるから何かを考えようとすることがあります。しかし、本来は常に課題を考え、使えるものがあれば活用するという発想が大切です。交付金ありきで動くと、準備不足で時間が足りず、結果的に『このお金を使うために何かを入れる』という本末転倒な状況になりがちです。日頃から課題を整理しておけば、いざというときに適切に活用できるはずです」と述べ、継続的に課題を考え、機会を逃さない姿勢の重要性を指摘しています。



【Knowledge1】ステークホルダーマップの活用

この事業の推進にあたっては、行政・市民・ショッピングセンターの課題を価値に変える仕組みづくりを、他の課や行政センターと連携して進めました。これらの取り組みをステークホルダーマネジメントの視点から見ると、組織内外の関係者を捉え、どのような関係性を構築すべきかを考えたうえで、調整や合意形成を重ねることで変革を着実に進めたと言えます。

 このようなステークホルダー理解とコミュニケーション方針を検討するためのサービスデザイン手法の一つとして、関係者とその関係を視覚的な資料にする「ステークホルダーマップ」があります(図2)。

 ステークホルダーマップは、特定のサービスやプロジェクトに関与するさまざまなグループの関係性を視覚的に整理するための資料です。ステークホルダーの役割や影響範囲を明確にし、ステークホルダー同士がどのように相互作用しているのかを分析するために活用されます。

図2:ステークホルダーマップの例

介護に関わるサービスを計画する際に作成したステークホルダーマップ出典:サービスデザインツールの目的と活用法 | ひらくデザイン | 株式会社コンセント. https://www.concentinc.jp/design_research/2018/02/sdtools/ (2025年1月24日アクセス)

ステークホルダーマップを作成すると、プロジェクトに関係するステークホルダーの全体像を俯瞰し、重要な関係性や潜在的な課題を発見しやすくなります。マップの形式にはさまざまな種類がありますが、作成の基本的なプロセスは共通しており、関係する主要なステークホルダーを図に描き、線でつなぎ関係性を記載する、といった方法がとられることが一般的です。 

 まず、プロジェクトやサービスに関与するすべてのステークホルダーを特定します。その際、インタビューやリサーチを行い、見落とされがちな関係者の存在も把握します。次に、それぞれのステークホルダーが果たす役割や影響力を整理し、視覚的に表現します。関係性を明確にするために、影響の強弱や方向性を考慮しながら、線で結びつけます。これにより、全体の構造が把握しやすくなり、特に注目すべき関係性が浮かび上がります。 

 ステークホルダーの関係は時間とともに変化するため、プロジェクトの進行に応じてマップを更新し、必要に応じてチーム内で共有・調整することが望ましいでしょう。また、プロジェクトの関係者と視覚化した資料を利用して情報を共有することで、認識を揃え、より円滑なプロジェクト運営につなげることができます。

 


4.     銀行口座振替支払いの推進


二点目は、税公金支払いの銀行口座振替申し込みの促進です。口座振替利用を促進するキャンペーン施策の改善と窓口で口座振替の申し込みを受け付けられる機器の導入等によって、銀行口座振替の利用者数を前年度の約2倍に増加させました(図3)。具体的には、令和3年度にキャンペーン単独で利用促進をした結果は3,440件の利用でしたが、令和4年度には5,326件、令和5年度には7,539件となりました。

 納税者がコンビニエンスストアで税公金を支払うと、市役所の手数料負担は銀行振替の5〜6倍になります。そのため、口座振替の利用者を増やせば、手数料を大幅に削減できます。また、口座振替の利用者は、銀行が支払い管理を行うため、支払い状況の確認や督促といった行政業務の負担を減らすことが期待できます。


図3:令和6年度のキャンペーンチラシ出典:市税等の口座振替による納付を推進しています/深谷市ホームページ. https://www.city.fukaya.saitama.jp/soshiki/shiminseikatsu/shuzei/tanto/nozei/1641356240555.html (2025年3月6日アクセス)


4-1.  導入の成果


口座振替促進に関係する主要なステークホルダーは、行政、市民、企業(銀行)の三者です(図4)。


図4:口座振替促進を取り巻くステークホルダーの課題と価値


市民は税金を納付書で支払う際、窓口やコンビニエンスストアを利用する必要があり、一定の手間がかかります。また、支払いを忘れないようにスケジュール管理をする負担も生じます。口座振替を利用すると、これらの手間が削減され、支払い忘れを防ぐことができます。

 行政にとっては、市民が口座振替を導入すれば、手数料を大幅に削減できるうえ、支払い管理は銀行が行ってくれるため、業務負担が軽減されます。

 銀行にとっては、顧客との接点を増やし、関係を強化することや収益を確保することが事業上の潜在的な課題です。口座振替を活用することで、顧客との関係を深めるとともに、手数料収入を得ることが可能になります。


4-2.  口座振替申し込み促進の取り組み


深谷市では、これまでも市民に対してポイント還元キャンペーンによる口座振替利用の推進をしていましたが、申し込みは低調でした。この状況に対し深谷市では、以下の4つの施策を組み合わせた取り組みを進めました。


(1)    市役所の窓口で、その場で口座振替の手続が完了できる機器を導入

(2)    納付書とともに「市役所で口座振替の申し込みができる」ことを知らせるチラシを封入し、市民が支払いを意識するタイミングで市役所で口座振替できるよう案内

(3)    口座振替を申し込んだ方に、深谷市の地域通貨「ネギー」を500ポイント還元するキャンペーンを実施し、申し込みへの動機付けを強化

(4)    他の課で導入されていた「書かない窓口(窓口支援システム)」を活用し、従来は3枚必要だった申請書を、1回の名前記入で済むようにし、申請時の負担を軽減


これらの取り組みにより、市民に対し口座振替への申し込みを後押しすることができ、申込者は施策実施の前年に比べ約2倍となりました。

また、この取り組みでも機器の導入にあたっては「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」を活用しました。


4-3.    自分自身の経験から課題を捉える


ここで申し込み数を大きく伸ばすことができた要因は、チラシを納付書に同封したことにあると考えられます。この点について、齋藤氏は「口座振替の申し込みが進まない原因を考えたとき、まず初めに、私自身で口座振替の申し込みを銀行で行いました。」と語ります。「(ポイント還元のキャンペーンのみで)ご案内をしても申請者が来なかった。それでは一番良いタイミングとはいつだろう?と自分の体験を振り返ってみると『お金を払わなきゃいけない』と思うタイミング、つまり納付書が届いた時がユーザーにとって最も意識が高まるタイミングだと気づいたのです。」

 市民側からすると、納付書が届き支払いに対する意識が向上したタイミングで最も利便性が高いのは土日も含めて自由に利用できるコンビニエンスストア支払いです。しかし、このタイミングでポイント還元をはじめ、行政窓口でも手続ができることなど複数のメリットを伝えることで「この機会に手続しよう」と行動変容を促すことにつながったと考えられます。

 このように、実際に利用者の立場になって試してみることで、ユーザーがどのように感じ、どのような行動をとるのかを共感的に理解できる可能性が高まります。また、自分自身で試してみる場合は、大がかりな準備をせず手軽に実施できます。このような方法は、専門的にはオートエスノグラフィー※と呼ばれる定性的な調査手法の一つです。※オートエスノグラフィーとは、研究者自身の体験をもとに、社会や文化を分析する質的な調査方法の一つ。自分の経験を振り返りながら、それがどのように社会と関わっているのかを考察する点が特徴。 


4-4.  市役所全体での連携の推進


口座振替の推進には、市民の利便性向上だけでなく、行政の業務負担軽減やコスト削減といった広範なメリットがあります。しかし、投資対効果の観点から収税課単独の取り組みではなく、市役所全体での連携が不可欠でした。そこで、関係課を巻き込むために、次の2つのアプローチがとられました。

 1つ目は、関係する職員を集め、口座振替の導入による業務効率化を実際に体験してもらうことです。市役所窓口で直接申し込みができるようにするための機器を導入する際、関係する課の職員を招いてデモンストレーションを実施しました。これにより、導入のメリットを具体的に理解してもらい、賛同を得ることができました。

 2つ目は、口座振替の対象を税金に限らず、水道料金や市営住宅関連の支払いなどにも拡大し、行政全体の効率化を図ることです。もともと収税課単独の施策として検討されていましたが、全体最適の視点から、他の課にも同様の仕組みを活用できるよう調整を行いました。結果として、市役所全体での業務負担軽減と、市民にとっての利便性向上の両方を実現することができました。



【Knowledge2】デモンストレーションで協働を推進する

深谷市では、新しい業務システムの導入に際し、関係各課を集めたデモンストレーションを実施しました。当初、導入に対する懸念が強かったものも、実際の運用イメージを共有することで、「この機能があれば便利だ」「こうすればもっと使いやすくなる」といった前向きな意見が生まれ、スムーズな導入につながりました。

 協働を推進するためには、関係者に新たな取り組みの価値を理解してもらい、賛同を得ることが重要です。単に口頭で説明するだけでは、その価値を十分に伝えることは難しいため、デモンストレーションを通じて、関係者が目の前で動作するものを見て体験できるようにすることで、より直感的な理解を促すことができます。

 デモンストレーションを成功させるには、関係者を幅広く招き、特に意思決定に関わるメンバーの参加を促すことが重要です。単なる技術の紹介ではなく、実際の業務や市民サービスでの活用シーンを具体的に示し、関係者が試用や体験できる機会を設けることで自分ごととして理解を深めてもらいやすくなります。さらに、デモンストレーションを通じて得られた意見を収集し、実装の参考とすることで納得感を高め、導入推進をしやすくすることも期待できます。特に、反対意見や懸念が表明された場合は、丁寧に説明や説得を行う機会が得られたと考え前向きに捉えましょう。

 なお、サービスデザインのプロトタイピング手法の一つに「オズの魔法使い」と呼ばれるメソッドがあります。これは、実際のシステムがまだ完成していない段階で、人が裏側で動作を模倣し、あたかもシステムが動いているかのように見せる手法です。実際の機器やシステムが利用できない場合でも、簡易的に新しい業務プロセスをシミュレーションし、関係者が実際の利用シーンを具体的にイメージできるようにすることができれば、協働の可能性を高める効果が期待できます。

 


5.     まとめ


「ステークホルダーマネジメント」とは、プロジェクトや組織活動に関わるさまざまな関係者(ステークホルダー)を把握し、そのニーズや期待を踏まえた適切な対応を計画・実施することで、活動の成功を目指す考え方です。この手法はプロジェクトマネジメントの分野で発展しましたが、行政サービスの改善にも有効に活用できます。重要なことは、具体的な検討を行い、各種の調査結果や検討資料といったアウトプットを通じてどのようなステークホルダーがいるかを整理し、それぞれの課題やニーズ、価値観を把握し、アクションにつなげていくことです。たとえば、関係者の関心や懸念に応じた説明会の開催や意見交換の場の設定、協力を得るための調整などが挙げられます。関係者が何を重視しているのかを理解することで、事業を円滑に進める助けになります。

 また、行政サービスの改善においては、「サービスデザイン」の考え方を国として重視しています。サービスデザインとは、サービスの送り手(行政職員)とサービスの受け手(市民)がそれぞれの立場を越えて共創的に価値を生み出せる最適なサービスを、さまざまなプロセスやメソッドを活用して実現していく考え方です。サービスデザインの実践においてもステークホルダーの理解は非常に重要となるため、ステークホルダーマネジメントは欠かせない要素となります。

 以下に、ステークホルダーマネジメントの観点からみた本ケースの特徴的な点や実践に向けた注意点、活用できるツールなどを挙げます。


5-1.  本ケースの特徴的な点


  • 現場で得られた気づきから業務の課題を把握し、実践を通して小規模な取り組みから段階的に規模を拡大するアプローチを行いました。

  • デモンストレーションや粘り強い対話を通じて連携体制を構築し、現場職員やマネジメント層などさまざまなステークホルダーを巻き込んだ全庁的な取り組みを実現しました。

  • 予算ありきで検討を進めるのではなく、本質的な課題を整理し、実現すべきサービス像を明確にしたうえで、適切なタイミングで交付金や他の部門で導入されていた施策を活用し変革を進めました。

  • 市民の行政サービス利用状況を共感的に理解し、さまざまな工夫を重ね改善を進めました。また、周知方法の改善やインセンティブの活用等により、効果的なユーザー体験設計を行い、市民の行動変容を促しました。


5-2.  留意点・再現可能性に関するアドバイス


  • 制度や組織文化の違いを考慮する:自治体ごとに条例や組織体制、意思決定プロセスが異なるため、他の自治体で導入する際には、単純な横展開ではなく、現地の制度や組織文化に適合させる調整が必要です。

  • 人的リソースと専門性の確保:窓口BPRやサービスデザインに精通した職員が不足している自治体では、外部の専門家の活用や、研修を通じたスキル向上が必要になる場合があります。

  • 事前の関係者調整と合意形成:本事例では、特定の部門がリードして変革を推進しましたが、他の自治体では全体調整が必要な場合もあります。導入に際しては、関係部署や上層部との合意形成プロセスを慎重に進めることが重要です。

  • 市民や利用者の特性を踏まえた設計:本事例での施策は深谷市の市民の特性を踏まえたものであり、他の自治体では異なるニーズが存在する可能性があります。導入前に、対象となる市民の行動パターンやニーズを十分に調査し、適切な設計を行うことが重要です。


5-3.  実践ガイド


「ステークホルダーマネジメント 実践ガイド」は、行政サービスの窓口BPRを推進するための実践的な支援ツールです。窓口業務の現状を把握し、課題を整理しながら、関係部署との連携をすることを目的としています。実践ガイドに収録するツールキットには、ステークホルダーのニーズを分析し、業務改革を段階的に進めるためのワークシートやワークショッププログラムが含まれており、現場での活用を想定した設計となっています。


ツールキットの主な内容


(1) 行動観察ツールキット


窓口業務における市民の行動を観察し、業務の課題を見つけるためのツールです。ワークシートを活用して、利用者の動きや手続の流れを記録・分析します。


(2) 事業企画ツールキット


市民のライフイベントに関係する手続を洗い出し、関係する部署との連携を強化するための計画立案を支援するツールです。

 


【関連情報】


■取組者プロフィール


齋藤理栄氏

埼玉県深谷市 企画財政部 ICT推進室 係長

2004年、深谷市役所入庁。保険年金課、農業振興課、情報システム部門などを経て、2019年からICT推進室で窓口BPRに携わる。2021年から2023年に収税課で窓口BPRを推進。デジタル庁の窓口BPRアドバイザーや総務省の地域情報化アドバイザーとしても活動している。

​【関連情報】

■取組者/編著者プロフィール

深谷市収税課(当時) 齋藤 理栄


埼玉県深谷市 企画財政部 ICT推進室 係長

2004年、深谷市役所入庁。保険年金課、農業振興課、情報システム部門などを経て、2019年からICT推進室で窓口BPRに携わる。2021年から2023年に収税課で窓口BPRを推進。デジタル庁の窓口BPRアドバイザーや総務省の地域情報化アドバイザーとしても活動している。

■関連スキル

プロジェクトマネジメント, デザイン思考, ファシリテーション, コミュニケーション設計

■関連研究・事業

本コンテンツは、総務省行政管理局「行政運営の変革に関する調査研究」事業で作成されたコンテンツを、同局の許諾を得て掲載しているものです。

■掲載年月日

2025年3月31日

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